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東京高等裁判所 昭和41年(ラ)510号 決定

昭四一(ラ)五一〇号抗告人 昭四一(ラ)五四〇号相手方 山上テル子(仮名)

昭四一(ラ)五四〇号抗告人 昭四一(ラ)五一〇号相手方 山上誠治(仮名)

主文

本件抗告はいずれもこれを棄却する。

理由

昭和四一年(ラ)第五一〇号抗告人山上テル子(以下単に申立人という。)の抗告の趣旨は、原審判のうち申立人の申立の一部認容の部分を除きその余の部分を取消し、然るべき裁判を求めるというのであり、昭和四一年(ラ)第五四〇号抗告人山上誠治(以下単に相手方という。)の抗告の趣旨は、原審判を取消す、本件を東京家庭裁判所に差戻すというのであつて、右両名の抗告理由は別紙記載のとおりである。

一  申立人の抗告理由第一、三ないし五点および相手方の抗告理由第三点について。

原審判の理由に挙示する諸証拠によつて右理由一および二で認定した事実(但し二の(二)の事実を除く。)を認めることができ、原審における申立人の尋問の結果、原審において相手方の提出した乙第九、一〇号証、当審において申立人の提出した売買契約書写(昭和三六年七月五日付、昭和四〇年三月一〇日付および同月二七日付の三通)、原告本人調書写(昭和四一年一二月一日および昭和四二年二月二七日の両期日のもの)および昭和三九年七月二一日付預り証を総合すれば、申立人は昭和四〇年三月下旬相手方との間に同年九月末日までに相手方の住居を立退くことを約して離婚することを合意し、申立人はそのころ申立人所有の長野県軽井沢町大字○○○六四一番地外所在の土地建物を売却し、その代金で東京都中野区鷺宮五丁目○○○番地の○○宅地一六坪五合および同地上の共同住宅木造瓦葦二階建一棟(健坪一二坪一合四勺、二階一二坪六合一勺)を買い入れ、同年四月三日その旨の登記を経由し、同建物の賃貸による賃料収入の道をひらいたことが認められる。

相手方は軽井沢所在の土地建物は登記簿上申立人の所有名義であるがその所有権は相手方に属し、昭和四〇年三月下旬離婚の合意の際相手方が慰藉料として申立人に贈与したと主張する。相手方は原審における尋問において右土地建物は相手方の所有であると供述し、昭和四〇年(家イ)第六九五号調停事件記録によればその事件手控中に申立人が調停委員に対し右土地建物が実質上は相手方の所有であることを述べた旨の記載があり、前記乙第九号証には相手方が申立人に対し申立人名義の右土地建物を慰藉料として授受する旨の記載がある。しかしこれらの証拠は、既述のとおり右土地建物を申立人の所有であることを認定した際その資料とした各証拠と対比すれば直ちに信用することができない。もつとも乙第九号証は申立人が署名し捺印したものであるが、前記諸証拠を彼此対照して考えると以前申立人が相手方の不動産取得の代金を立替えたことがあつたところから、前記土地建物を購入するに際して相手方がその代金を負担し申立人が右土地建物を購入し申立人名義に登記されたこと、ところが相手方が代金を負担したので相手方は自己の所有であると主張し申立人との間にその所有権の帰属について争を生ずるにいたつたが、昭和四〇年三月下旬の離婚の話合の際申立人の所有であることに解決されたこと、しかし右話合にあつては相手方が優位の立場にあつた結果慰藉料として授受するという文言が記載され申立人はやむなくこの書面に署名捺印したことを認めることができるので、右乙第九号証の記載をもつて申立人の所有権を認める妨げとはならない。

申立人は甲第二、四号証を援用し、相手方の収入に関する原審判の認定を争うが、これらの証拠は右認定につき原審判がその資料とした諸証拠と対比するときは直ちに信用できない。また甲第五号証(練馬区長の課税証明書)に相手方の昭和四〇年度支払給与総額が一、一九六、一〇〇円である旨記載あるが、これを乙第六号証とあわせ考えると原審判認定の右年度の収入額が正しいことを認めることができ、原審判の認定に反するものではない。

その他前記認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の認定事実によれば昭和四〇年六月から昭和四一年一月末までは申立人に毎月三万円の賃料収入があつてこれをその生活の資に使用しうべく、相手方には毎月平均八七、〇〇〇円を下らない収入があるので、両者の収入と前記認定の事情をあわせ考えると右期間における相手方の分担すべき婚姻費用は毎月二五、〇〇〇円を相当とする。

昭和四一年二月一日以後においては申立人の賃料収入が減少し皆無に近くなり同年四月賃料収入源である中野区所在の共同住宅を他に売却するにいたつたが、相手方においても○○工業株式会社を退社し新たに設立された○○○○株式会社から月平均五七、〇〇〇円程度の給与収入があるにすぎなくなつた。このような収入の減少があり、申立人および相手方に相当の収入を図りうる資産もないので、申立人および相手方双方の前記認定の経費、申立人において長女と共に相手方所有の建物に居住し、相手方は右建物を立退き別居していることその他前記認定の諸事情を考慮すれば昭和四一年二月一日以降相手方の分担すべき婚姻費用は事情変更のない限り毎月一八、〇〇〇円とするを相当とする。本論点に関する申立人および相手方の主張はいずれも採用できない。

二  申立人の抗告理由第二点について。

本抗告理由は要するに申立人所有の中野区所在の共同住宅は申立人すなわち妻の普通保留財産で、妻の自由使用に供すべきものであるから、特別の理由のない限り婚姻費用分担の基本となすべきでないというにある。右共同住宅は申立人が他から取得し所有した軽井沢町所在の土地建物を売却しその代金で購入したもので購入の財源となつた右軽井沢町所在の土地建物は相手方から贈与されたものでないことはさきに認定したとおりである。しかし申立人主張の如き妻の特有財産の収入が原則として分担額決定の資料とすべきではないという理由または慣行はない。妻が「その身心を夫に奉仕する」という事実は右分担決定の一つの重要な資料となるが申立人の右主張を理由づけるものではない。本件においては既に認定したとおり離婚の話合がこぢれて別居するにいたり、当審において申立人の提出した訴状写によると申立人は離婚調停の申立が取下られた後離婚の訴を提起し現在係属中であることが明らかである。このような場合において申立人の特有財産である前記共同住宅の賃料収入を考慮し婚姻費用の分担額を決定することは当然のことである。この点に関する申立人の主張は採用できない。

三  相手方の抗告理由第一点について。

本抗告の理由は要するに申立人は昭和四〇年三月二五日相手方との間に協議離婚することを同意し、その後両者は別居し夫婦共同生活の実体が全然存しなくなつたから事実上の離婚が成立し婚姻費用分担の義務が消滅した、申立人が離婚の意思を撤回しても右事実上の離婚の成立には変りはないというにある。前記認定の事実に前記乙第九号証および原告本人調書写を総合すれば申立人は離婚に合意し、乙第九号証の二通の書面に自己の氏名を自書し捺印し、そのうち一通は申立人主張の如き離婚の条件を定めたものであり他の一通は区役所へ提出する法定の離婚届用紙であること、その後一月足らずして相手方が離婚の調停を申立て、調停中に両者は別居し、更に申立人から離婚の訴が提起されたことが明らかである。しかしこのような事情において協議離婚の届出がない以上離婚が成立したといい得ないことは勿論であり、従つて相手方において婚姻費用の分担義務を免れるものと認めることはできない。蓋し相手方主張の如き事情の下において離婚の合意をし、更に別居をしたとしても、右認定の経過の下ではこれをもつて直ちに婚姻生活なしとして婚姻費用の負担義務を否定することは協議離婚について届出主義をとり、離婚の請求には法定の原因を必要とする現行法制の趣旨に反するからである。相手方が援用する判例はいずれも本件に適切でない。

さきに認定した事実によれば申立人の責に帰すべき事由により別居したものと認められないので、相手方は婚姻費用の分担義務は免れない。相手方の主張は採用できない。

四  相手方の抗告理由第二点について。

本抗告理由は要するに申立人は昭和四〇年三月二五日相手方との間で婚姻費用その他の関係を一切清算し両者に一切異議はないことを確約したから婚姻費用の分担請求権を有しないというにある。この点に関する乙第九号証は原審における相手方の審問の結果によれば相手方と申立人との協議離婚の成立を前提として作成されたことが認められる。前段で述べたとおり、右両者間に未だ離婚が成立したものと認められず、相手方において婚姻費用の分担義務を免れないのであるから、このような場合に右乙第九号証の記載をもつて直ちに申立人が婚姻費用の分担請求権を抛棄したものその他分担請求権が存しないものと解する資料とすることはできず、その他本件記録を検討するも右主張を認める証拠はない。従つて相手方の本主張を採用することはできない。

五  相手方の抗告理由第四点について。

相手方は申立人の債務を弁済したことによる求償権債権をもつて婚姻費用分担債務との相殺を主張する。しかし、婚姻費用分担請求権は請求権者において現実に履行されることを必要とし、相殺によつて清算されることはその目的に反すると解される。従つて民法第五〇五条第一項但書によつて相殺は許されない。相手方の右主張は採用できない。

六  その他本件記録を検討するも相手方に対し二二万六、七五〇円および昭和四一年八月一日以降婚姻関係継続中毎月一万八、〇〇〇円宛の支払を命じた原審判の判断は相当であつて取消すべき点はないから、申立人および相手方の抗告はいずれも理由なく棄却すべきものであるから主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 上野宏 裁判官 外山四郎)

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